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浦和地方裁判所 平成3年(ワ)460号 判決

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

理由

第一  主位的請求について

一  請求原因1ないし3の各事実は当事者間に争いがない。

二  使用継続に対する異議

《証拠略》によれば、原告は、被告との間で、本件三土地の有効活用のため同一土地を返還してもらうこと等についての交渉を昭和六三年一〇月ころから始めたこと、原告は、右交渉が進展しなかつたため、平成元年一月下旬訴外さくら興業株式会社(以下「さくら興業」という。)に右交渉を依頼したこと、さくら興業の平野一雄(以下「平野」という。)は、同月三〇日ころ被告宅を訪問し、原告の右依頼内容を被告に伝えたことが認められる。

三  そこで、右異議についての正当事由の有無について検討する。

1  原告の事情について

原告が本件三土地を所有していることは当事者間に争いがなく、《証拠略》によれば、(一)原告は本件共同住宅を建築する予定であり、被告から本件一土地の返還を受ければ、右建築の接道要件である四メートルの路地状敷地を充たすこと、(二)昭和六三年に固定資産税の評価替えがあり税額が上がつたこと、そのころ原告は病気のため転職し、給料が下がつたこと、そこで相続税対策も考えて、本件三土地の有効活用のために同土地上に二階建てアパート(四室)の本件共同住宅を建築し、その管理を訴外積水ハウス株式会社の子会社に任せる形でアパート経営を行つて収益を上げることを計画したこと(しかしながら、本件共同住宅の家賃収入額は未定であり、どの程度収益が上がるか不明である)、子供らは社会人となつていること、(三)本件一、二土地付近の土地利用状況は、山林もあるが住宅が多く、集合住宅の存在も認められること等の各事実が認められる。なお、原告は、本件共同住宅の家賃収入を足さないと生活がかなり苦しい旨供述するが、その具体的裏付けに欠けるから、採用することはできない。

2  被告の事情について

一方、《証拠略》によれば、(一)被告は、妻志村トモ子、長男夫婦及びその子二人と共に本件一、二土地上の被告建物に居住していること、(二)本件一土地の庭部分は、本件二土地と合わせ、物干しや植木のため利用されており、被告建物に不可欠な敷地部分にあたり、本件建物の近隣地域は、農地等も残る閑静な住宅地であり、相当程度の広さの庭が確保されているのが一般であるから、近隣住居の敷地面積と比較しても、被告住居の庭から本件一土地部分を削除することは被告の生活環境に著しい悪影響を及ぼすこと、(三)被告は、被告建物で駄菓子屋を営んでおり、本件物置は、右営業に不可欠な倉庫の役割を果たしているところ、本件二土地上に物置を設置するときは、被告住居の庭はほとんど右物置の敷地となつてしまう上、近隣に右倉庫の場所を求めることも困難であるから、本件物置の敷地として本件一土地の使用は不可欠であること等の各事実が認められる。

3  以上認定の原告と被告双方の事情を比較考量するに、原告が本件共同住宅を建築するためには、本件一土地を返還してもらえれば勿論好都合ではあるが、原告が本件三土地上に本件共同住宅を建築しようとする理由は、所有土地の固定資産税の税額が上がつたことから本件三土地の資本的高度利用により収益を得たいことや相続税対策のためによるものであつて、原告らの生計維持のため、本件共同住宅の家賃収入を得ることが不可欠であるとまでいうべき事情は見当たらないから、原告にとつて、本件一土地の明け渡しを受け、これを利用しなければならないほどの切迫した必要性が存するものとは認められず、他方、被告にとつて、前記認定のとおり、本件一土地を庭及び本件物置の敷地として使用する必要性は極めて高いといえるから、同土地についての被告の使用継続に対する原告の異議には正当事由が存するものと認めることはできない。

4  以上によれば、原告の主位的請求原因Aは理由がない。

四  請求原因6(主位的請求原因B 合意解約による賃貸借の終了)について

1  前記各認定事実と《証拠略》を総合すると、次の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(一) 原告は、本件共同住宅を建築するため、その通路として、被告への賃貸土地の南側二メートルを明け渡してもらうことを考え、昭和六三年一〇月ころから被告と本件賃貸借契約の更新と右明渡しの交渉を始めたが、被告の同意は得られず、平成元年一月さくら興業に右交渉を依頼した。さくら興業の平野は、右依頼内容である二メートル部分の明渡し、本件賃貸借の更新について、同月三〇日ころ被告に伝えたところ、被告との間で、更新料は右通路拡張と相殺する趣旨の話が出た。

(二) 同年二月一六日ころ、被告は、平野に対し、通路拡張部分は一・五メートルにしてほしい旨述べたが、原告は、二メートル必要であるとしたため、しばらく話が折り合わなかつた。

(三) 同年三月三〇日ころ、原告は、平野に対し、一・五メートルの拡張でもよい旨伝え、平野は、翌日被告に、原告が一・五メートルで了解した旨及び一・五メートル拡張のため測量する旨を伝えた。

(四) しかし、同月三一日ころの時点では、更新料の具体的な額は決まつていなかつたし、同日ころ被告は一・五メートル後退すれば物置の移転等の問題があると述べており、当然のことながら、同日ころまでに被告が通路拡張として一・五メートル部分を明け渡す旨の合意書面が作成される等のことはなかつた。

(五) 同年五月ころ、原告が依頼した中三川測量士が本件一土地付近で通路を一・五メートル拡張するための測量をし、境界杭を打ち、被告も立ち会つたが、右測量自体には被告は異議は述べなかつた。

(六) 同年一〇月一七日ころ、平野は、中三川測量士作成の測量図面ができたことから、これに基づいて更新料と道路拡張による減歩分との相殺に関しての具体的な話し合いを続行するため、被告方を訪問し、右測量図面を被告に示したところ、被告から、従前の右相殺に関する話し合いの前提を覆す形で、新たに、「一・五メートルの後退について、裏の部分の同面積をもらいたい。」との要求が出されたため、右相殺について最終的な合意に至らず、その後もこの点に関する両者間の話し合いは平行線をたどることになつた。

2  以上の事実を総合すると、同年三月三一日までに本件賃貸土地の南側部分の一・五メートルないし二メートルの明渡しを更新料と相殺する形の話が、原・被告間において出ていたものの、その金額や面積も未確定であつて、同日の段階では、測量して明渡部分の面積が明確になつてから、再度交渉して具体的な話を詰めた上、改めて右更新と明渡しについて正式な合意書を取り交わすという段取りを了承したに止まるものであつて、同日、本件賃貸土地の一部明渡しについての確定的な合意が成立したものと認めることはできない。

もつとも、原告は、同年三月三一日に被告が一・五メートル明け渡す話がまとまつた旨供述するが、原告は、当日、被告方における右話し合いには出席せず、平野が原告に代わつて直接交渉に当たつており、原告の右供述は、右平野からの伝聞に基づくものであること、前掲平野証言も、当日被告が一・五メートルを明け渡す話がまとまつたとは明言していないこと等に照らすと、原告の右供述は、採用できない。

3  そうすると、原・被告間で明渡しの合意が成立したとの主位的請求原因Bの主張もこれを認めることはできない。

第二  予備的請求について

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  同2の事実のうち、本件三土地の西側に本件一、二、四土地が存し、本件一土地と本件四土地の間に公道に通じる本件通路が存することは、当事者間に争いがない。

三  《証拠略》によれば、本件通路の幅員は二メートルであることが認められ、《証拠略》によれば、本件三の土地上に原告の計画している本件共同住宅建築のためには、県条例により、同土地は幅員四メートル以上で公道に接する必要があることが認められる。

四  そこで、右状況下で本件三土地が袋地であるか否かについて判断する。

1  原告の主張は、本件三土地の有効利用を図るため本件共同住宅を建築するには、県条例により幅員四メートル以上との接道要件を充たさず、右建築ができないので、同土地は袋地である、というものである。

2  まず、袋地であるかの判断において、建築基準法や県条例等(以下「建築基準法等」という。)を一資料として考慮できるか、検討するに、囲繞地通行権は、隣地との土地利用の調節のため認められ、建築基準法等の規制は、防災等の行政取締上の見地からなされるものであり、両者は目的・趣旨を異にするのであるから、囲繞地通行権の存否を判断するにあたつては、建築基準法等の規制を考慮すべきでないとの見解も成り立ち得るところであるがしかし、右見解によると、人の通行はできるが、当該土地を宅地として利用することは全くできないという事態も生じ得ることになり、特に、付近が宅地化している場合などには、実質的には当該土地の利用は、囲繞地に比して格段の制限を受けたものとなるおそれがある。そもそも、囲繞地通行権が認められた趣旨は、土地利用の調節のためであるから、近隣地の利用状況、相隣地利用者との利害得失等諸般の事情を考慮に入れた上、当該土地の通常の利用にとつて必要な通路があるかを基準にして、袋地であるかを判断するのが相当である。そうだとすれば、現に建築基準法等により建築規制がなされている場合には、右規制をも一応考慮に入れて、当該土地の通常の利用に必要な通路とは、どの程度のものが相当であるかについて判断すべきであり、単に人が通行できさえすれば通路として足りると解することは、近隣の土地利用の調節という見地から妥当とはいえないというべきである。このように解することは、建築基準法等の規制のみを根拠に袋地か否かを判断するのではなく、袋地利用者と囲繞地利用者との利益衡量等によつて判断することになるので、囲繞地利用者に過大な負担を強いるものではなく、むしろ民法制定後の社会環境の変化(宅地の不足等)に合致したものとなるといえる。

3  そこで、建築基準法等の規制をも一資料として考慮するという右見地から本件を見た場合、本件三土地が袋地といえるか否かを検討する。

前記のとおり、原告は、もつぱら相続税対策や本件三土地の有効活用のため収益を目的として、本件共同住宅を建築しようとするものであり、本件一土地の必要性は被告の方が高く、近隣土地の状況は、宅地化しているといつても山林もまだ存し、集合住宅もそれほど多くはないことが認められる。このような本件共同住宅建築の必要性と目的、相隣地利用者との利害得失、近隣土地の状況等諸般の事情を考慮に入れると、本件の場合は、建築基準法等の規制上少なくとも一戸建ての建物を建築できれば、本件三土地の通常の利用に必要な通路が確保されるものと解するのが相当である。そして、《証拠略》によると、本件通路の長さは一〇メートル未満と認められるから、本件三土地に一戸建ての貸家(延べ面積二〇〇平方メートル以下)を建築する場合には、本件通路(幅員二メートル)があれば足りる(県条例三条)のであるから、同土地は袋地とはいえない。

五  したがつて、原告の予備的請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がない。

第三  結語

以上によれば、原告の主位的及び予備的請求は、いずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 塩谷 雄 裁判官 豊田建夫 裁判官 島田尚登)

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